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福岡地方裁判所 昭和47年(わ)648号 判決 1974年8月27日

主文

被告人Y1を懲役五月に、被告人Y2、被告人Y3、被告人Y4、被告人Y5、被告人Y6および被告人Y7をそれぞれ懲役四月に処する。

ただし、被告人七名に対し、この裁判確定の日から各二年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部、被告人七名の連帯負担とする。

理由

一  認定事実

(本件犯行に至るいきさつ)

昭和四七年八月当時、被告人Y1は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という)の職員らの一部で組織する国鉄動力車労働組合(以下「動労」という)の門司地方本部業務部長をしていた者、被告人Y2は、国鉄門司鉄道管理局香椎機関区所属の機関助士で、動労組合員(香椎支部青年部副部長)であつた者、被告人Y3は、同機関区所属の機関士で、同じく動労組合員(香椎支部乗務員会副会長)であつた者、被告人Y4は、同機関区所属の機関助士で、同じく動労組合員(香椎支部執行委員)であつた者、被告人Y5は、同機関区所属の国鉄職員で、同様に動労組合員(香椎支部青年部常任委員)であつた者、被告人Y6は、同機関区の整備掛で、動労組合員であつた者、被告人Y7は、門司鉄道管理局鳥栖機関区の整備係で、動労門司地方本部青年部書記長をしていた者である。

ところで、福岡県警察東福岡警察署の司法警察職員らは、昭和四七年八月一日午前五時ごろから午前六時半ごろまでの間に、右香椎機関区所属の国鉄職員で動労組合員のA、B、C、D、E、FおよびGの七名を、当時捜査中であつた同人らに対する「同人らがほか一〇数名と共謀のうえ、同年六月二一日に福岡市<以下省略>所在の国鉄門司鉄道管理局香椎機関区本庁舎(総合庁舎)二階の指導室内において、同機関区所属の機関士見習H(昭和二五年○月○日生)に対し、こもごも突く、押す、蹴るなどの暴行を加え、よつて同人に全治までに約一四日間を要する腰部打撲傷等の傷害を負わせた」との傷害被疑事件(なお、逮捕状の罪名には「暴力行為等処罰に関する法律違反」が加わっている)について、裁判官の発した各逮捕状により逮捕した。これに対し、動労香椎支部は、当時国鉄当局と生産性向上運動をめぐる紛争直後でかなり刺々しい労使関係にあり、また、右事件において被害者とされている右Hの属する鉄道労働組合(動労と同じく国鉄職員らの一部で組織する労働組合の一つ。以下「鉄労」という)に対しても、鉄労が国鉄当局の御用組合化し生産性向上運動の積極的な推進役を果したとして不信感を抱いていたところから、右事件についてこれを国鉄の管理者らが鉄労を利用して仕組んだいわゆる刑事弾圧であるとの立場をとり、早速に右Aらに対するいわゆる救援活動を行うとともに、右香椎機関区の当局者への抗議、一種の争議行為としてのいわゆる順法闘争などを行うに至つた。そして、被告人らは、動労組合員として、右八月一日、自らその状況を目撃したり動労香椎支部から電話連絡を受けたりして右のようにAら七名が逮捕されたことを知り、各自同日午後二時半ごろまでに右香椎機関区内にある動労香椎支部の組合事務所にやつて来て、被告人Y1においては動労香椎支部の右のような抗議行動等の指導にあたり、その余の被告人らにおいてもそれぞれに右Aらやその家族らに対する救援活動、抗議集会の準備、情報宣伝活動などに従事していた。

(罪となるべき事実)

そのうち、被告人らは、同日午後三時四〇分過ぎごろ、それぞれに誰の口からともなく右Hが右香椎機関区内に出勤してきているということを知らされたため、動労組合員として前記のように右事件を動労を弾圧するために仕組まれた事件として受け取つていたうえ、いわば仲間が逮捕されたことによる感情的な昂ぶりもあつて、右Hを探し出して面詰しようという気持を抱き、同様に同人の居ることを知つて自然に集つて来た他の動労組合員らと三々伍々連れ立つて、前記所在地にある同機関区本庁舎に赴き右Hを探し求め、まもなく被告人Y2において同庁舎二階の訓練室内で指導機関士から教養訓練を受けていた右Hの姿を発見し、その余の被告人らや他の動労組合員らにおいてもたちまちこれを伝え聞くなどして、次々に同室の方へやつて来た。そして、被告人七名は、まず被告人Y1、同Y2、同Y3、同Y4および同Y6が同日午後三時四五分ごろほか二〇名位の動労組合員らとともに右訓練室内に至り、折からその場に並べられた長机の一つに指導機関士と向い合つて坐つていた右Hの周囲を取り巻くようにして立ち、右被告人らおよび右動労組合員二〇名位の間で互いに暗黙のうちに意思相通じて、前記Aらに対する傷害被疑事件に関し右Hに対し同人が事件をねつ造したと非難を浴びせるなど同人に不安困惑の念を生じさせるような威圧的言動を加えることを共謀のうえ、同人に対し、被告人Y1において右Hと机を挾んだ正面付近に立つて「暴力を受けたというなら傷あとがあるだろう、それを皆の前で見せたらどうか」などと申し向け、続いて同人の左斜め前に立つ被告人Y2において「二週間もの傷をしたというのなら、まだ傷が残つているだろう。それを見せろ。デツチ上げじやないか」などと申し向け、他の被告人らや右Hを取りまく他の動労組合員らにおいても「デツチ上げだ」「傷あとを見せろ」などと口々に右Hを難詰し始め、その間同日午後三時五〇分過ぎごろ、被告人Y5および同Y7も同室内に至り、同被告人らにおいても他の被告人らや前記動労組合員二〇名位と暗黙のうちに共謀を遂げ、その後同日午後四時一〇分ごろまでの間同室内において、さらに右Hに対し、被告人Y1において「お前は管理者に利用されているんだ、よく考えろ。管理者にいわれて事件をデツチ上げたんだろう」「今の気持を一言だけでいいから言え」などと迫り、被告人Y2において顔を右Hの顔に近づけ、その眼前で左手を握つて上下に打ち振りながら「お前は暴力を受けたというが、誰が暴力をしたのか言え」「G君のところの奥さんは今日昼赤ちやんが生れたぞ。奥さんがどんな気持かお前に分るか」などと非難を浴びせ、被告人Y3において右Hの背後から「お前のために逮捕された者の家族はどうなるか、家族のことを考えろ。家族の面倒をお前に見て貰うぞ」「子供が生れたばかりの者もいるし、子供が生れようとしている人もいる」などと申し向け、また、同被告人において居合わせた同機関区の管理職員の一人から制止を受けるや「ぐずぐず言うと目の中に指を突っ込むぞ」と大声を発し、被告人Y4においてあちこち室内を歩いて写真を撮影しながら、右Hに向い、本当に暴力を受けたのなら鼻血ぐらい出ているはずだがそれもないというのは作り事の証拠だという趣旨のことを申し向けたり問題のでき事が刑事事件となつて七名も逮捕されるのであるならば同人の腕の片方でも折つておけば良かつたという趣旨に受け取られるような言辞を弄したりし、被告人Y5において右Hの右側方から同人の坐っている椅子にその右隣の椅子を打ち当てるような勢いで同人に近ずき、「お前がこれから国鉄で仕事をしていくのに、どこに転勤しても、おれたちには全国に五万人の仲間がいるんだから、どこに行つても追及されるぞ」「七人の逮捕者を出してよくも機関区に出て来られたな」などと申し迫り、被告人Y6において右Hの左横からその耳許に口を接するほど近ずけて「傷を見せろ。デツチ上げじやないか」と罵しるとともに、「家にばらすぞ」などと申し向けて同人の自宅にまで押しかけ同人の家族らに対しても抗議などするかも知れないという態度を示し、被告人Y7において右Hの左斜後方からその顔をのぞき込むようにして「お前が売つた七人は職場から抹殺されるんだぞ。どう考えておるんだ。自分でやつたことだから責任をもつて言え」「お前がどこに転勤しようと、全国には闘う五万人の動労組合員がいるんだ。徹底的に追及するぞ」などと申し向け、また、他の動労組合員二〇名位においても口々に右と同趣旨の発言をしたり被告人らの右のような言に一斉に同調する声を発したりし、こうして右Hに同人がありもしない傷害事件をいわば捏造して無実の前記Aら七名を逮捕させるに至つたものであることを自認するよう激しく申し迫り、もつて、他人の刑事被疑事件に関し

その捜査に必要な知識を有すると認められる右Hに対し故なく強談威迫の行為をした

二  証拠の標目(略)

法令の適用

被告人七名の判示所為はいずれも、刑法六〇条、一〇五条の二、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、いずれも所定刑のうち懲役刑を選択し、それぞれの所定刑期の範囲内で被告人Y1を懲役五月に、被告人Y2、同Y3、同Y4、同Y5、同Y6および同Y7をそれぞれ懲役四月に処し、情状により、被告人七名に対し、いずれも同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から各二年間それぞれその刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条を適用して、これを全部被告人七名に連帯して負担させることとする。

(弁護人らの主張に対する判断)

(一)  弁護人らは、本件は、判示Aほか六名に対し判示傷害事件について検察官から公訴が提起される以前の、すなわち右事件が被疑事件である際の被告人らの所為が問題とされているものであるところ、刑法一〇五条の二はその明文をもつて「刑事被告事件」と規定しているのであるから、本件のように「刑事被疑事件」に関する場合を同条により処罰することは同条の不当な拡大解釈であり、罪刑法定主義の大原則に違反し、したがつて被告人らの本件所為はまずこの点において証人威迫罪の構成要素を欠く旨主張する。

この点、たしかに本件は判示のとおり右Aほか六名に対し判示のような傷害の嫌疑で捜査機関による捜査が行われている際のもの、すなわち、現行の刑事訴訟法上の概念からいえば「刑事被疑事件」に関し行われたものであつて、「刑事被告事件」に関するものでないことは明らかである。また、刑法一〇五条の二がその規定上「刑事被告事件」という用語を使用していることもいうまでもない。しかしながら、同条は、昭和三三年法律一〇七号刑法の一部を改正する法律によつて刑法第二編第七章(犯人蔵匿および証憑湮滅の罪)に追加された規定であるところ、同じ章に規定されている一〇四条(証憑湮滅罪)にいう「刑事被告事件」に刑事被疑事件の包含されることは判例上確立した解釈(明治四四年(れ)第二五四四号明治四五年一月一五日大審院判決・刑事判決録一八輯一頁、昭和三年(れ)第一七三号同年七月二一日大審院判決・刑事判例集七巻五九一頁、なお、昭和三六年(あ)第一四八号同年八月一七日最高裁判所決定・刑事判例集一五巻七号一二九三頁参照)であつて、一〇五条の二がこれを前提として立法されたことに鑑みれば、同条の用語も一〇四条のそれと統一的に解するのが自然である。また、一〇五条の二の規定自体、「刑事被告事件の捜査若くは審判」と定めて、その文理上も本罪に公訴提起前の段階にある刑事事件にかかる場合を包含せしめる余地は十分ある。さらに、本質的に、同条はいわゆる御礼参り行為を防止し、国の刑事司法作用を保護することを目的として設けられた罪であつて、刑事司法作用に対する危険という面からみれば、同条に定める行為が公訴提起前に行われたと公訴提起後に行われたとで実質的な違法性に差異なく、むしろ公訴提起前の方がその危険の大である場合が多く、その意味でも同条がとくに刑事被疑事件にかかる場合を除外したとは到底考えられない。すなわち、一〇五条の二の立法の経過、文理、保護法益などいずれの見地から考えても同条にいう「刑事被告事件」とは「刑事被疑事件」を含むと解するのが正当であるというべきである。

したがつて、被告人らの判示所為がこの点において証人威迫罪の構成要素を欠くとの弁護人らの右主張は失当であり、採用できない。

(二)  弁護人らは、被告人らの本件所為は刑法一〇五条の二にいう「強談威迫」の行為にあたらず、この点においても構成要件該当性を欠くと主張する。すなわち、同条にいう「強談威迫」とは、これが刑事司法作用を阻害するが故に可罰的行為とされていることを考えれば、ある程度他人に畏怖を生じさせるようなもので、ある程度の具体性を持ち、実現可能性を感じせしめる程度のものでなければならないところ、被告人らの本件所為は、全て言語による表示であつて、表示の内容も判示Hの身体や自由に対する害悪の告知を含まず、被告人らの所属する動労の組合活動の正当性を述べたり、逮捕された同僚組合員およびその家族の身を慮る気持を伝えたりあるいは抗議、説得をしたものにすぎず、その他本件表示がなされるに至つた経緯、表示の方法、表示現場の状況、表示後の経過などに鑑みれば、いまだこれが右に述べたような意味での「強談威迫」の行為にあたらないことが明らかであるなどと主張する。

そこで次にこの点について考えるのに、刑法一〇五条の二は、刑事事件の被害者、証人、参考人などが他人の圧迫を受けることなく自由に被害の申告をし、その真実と信ずるところを供述などできるようにすることを通じて適正な刑事司法作用を保護することを目的とするものであるから、同条において可罰的とされる「強談威迫」の行為とは、それが客観的かつ一般的にこれらの者の供述等になんらかの影響を及ぼす可能性を有するような性質のものであることを要するのは当然であるが、そのような性質のものである限り、相手方に対し漠然とした不安ないし困惑の念を生じさせるようなものであつてもたり、具体的な害悪の告知を伴つたり相手方になんらの畏怖を生じさせたりするようなものである必要はないものといわなければならない。したがつて、弁護人らの右主張はその前提において失当である。

のみならず、被告人らの本件所為をみるのに、前掲「証拠の標目」挙示の各証拠によれば、判示のとおり被告人らは合計三〇人近くの者がHを取り囲み、ある者はその耳許近くに口を寄せるなどしながら、口々に「デツチ上げだ」「傷を受けたというなら傷あとを見せろ」などと、右Hが嘘を云つているという趣旨の非難を浴びせかけ、さらに被告人らにおいては「お前がこれから国鉄で仕事をしていくのに、どこに転勤しても、おれたちには全国に五万人の仲間がいるんだから、どこに行つても追及されるぞ」「家にばらすぞ」などという激しい言辞を申し向けていることが明らかである。そして、これは俗にいう吊し上げにほかならず、とくに右のような動労五万人の仲間がどこへ行つても追及する旨の言辞は、今後長く国鉄機関士として働くことになる右Hに対して、単なる困惑の念以上の、職場で同僚らから白眼視され迫害すら受けるのではないかという畏怖の念を生じさせるような内容を含み、また、「家にばらすぞ」という言も、判示傷害事件や右Hの職場での言動には全く無関係の同人の家族らをも紛争に捲き込むことを意味する言葉であつて、右Hがその当公判廷における証言中で述べるように、同人がこれにより家庭内の対立不和を生じさせられると怖れたというのも十分に首肯できるから、なお右各証拠によつて認められる右Hが動労とかねてから対立関係にあつた鉄労の組合員であること、本件当時判示訓練室内には香椎機関区の管理職員ら一〇人位がいて被告人らの制止にあたつていたことなどを考慮にいれても、被告人らの本件所為は判示傷害事件について被害申告をした右Hに対し客観的にその供述等に影響を及ぼすおそれのある威圧的言動であつたと認めうることはもとより、同人に対しある程度具体的な畏怖心すら生じさせるような行為であつたことも肯認できるのである。したがつて、「強談威迫」の意義について前示のように解するときは当然、仮に弁護人ら主張のような前提に立つとしても、被告人らの判示所為が「強談威迫」の行為にあたることは明らかであつて、この点構成要件該当性に欠けることもない。

右の次第で、弁護人らの右に関する主張も失当であり、採用できない。

(三)  弁護人らは、本件は国鉄当局の動労に対する官憲と一体となつた大量の刑事弾圧攻撃の中で、動労と敵対し、かつ当局と意思を通じて動労の弱体化をねらつた鉄労組合員に対する抗議・説得活動であり、団結防衛のための組合活動であるところ、被告人らは、その属する動労の同僚組合員七名が逮捕された直後に、香椎機関区に平然と出動してきたHの心情や判示傷害事件の真相を確めたいという目的で同人の許に至つたものであつて、それが動労組合員相互の信頼と友情の発露によることを考えれば、本件はその目的において正当であるというべきこと、また、被告人らの発言は、もつぱら同僚組合員らが逮捕されたことからくる感情の発言ないし動労の組合活動の正当性の主張が主であつて、害悪の告知を伴つたり右Hにその供述を歪げるよう要求したりしたのではなく暴力的行為も一切伴つていないから、手段において相当性があること、さらに、本件において右Hに与えた影響も極めて軽微で被告人らが本件所為によつて守ろうとした被告人ら動労組合員の団結の維持という利益と対比して、刑事司法作用に対する侵害の度合は著しく低く、法益の均衡が保たれていること、なお右Hが動労組合員七名の逮捕された直後にことさらその職場である香椎機関区に出勤して、被告人らの抗議行動を待ちかまえたような国鉄当局の保護監視体制の下に置かれていたことなどに鑑みれば、仮に被告人らの本件所為が証人威迫罪の構成要件に該当するとしても、本件は、労働組合法一条二項の適用を受け刑法三五条にいわゆる正当行為であるか、いわゆる可罰的違法性を欠き、いずれにしても被告人らは無罪であると主張する。

よつて右主張の当否について判断するのに、本件の事実関係は判示認定のとおりである。なお、前掲「証拠の標目」挙示の各証拠によれば、Hが当日午後香椎機関区に出てきたのは、当日午後一時二〇分から添乗訓練を受けることを予め命じられていたためであり、さらに出勤後同機関区に留つていたのは、添乗訓練にあたる指導機関士が判示動労香椎支部の順法闘争の影響により急拠他に勤務替えとなつたことや同機関区の指導助役らが右Hを遠方に出した場合不測の事態の生じるのを慮つて室内の教養訓練に予定を変更したことによる事実、また右Hが判示訓練室内で教養訓練を受けていた際、指導機関士のほかに同室内に居合わせたのは右順法闘争のため香椎機関区に助勤を命ぜられて国鉄門司鉄道管理局から派遣されて来た三名であつて、右三名は同室において待機していたにすぎず、とくに右Hの保護や動労組合員らの監視などの任務についていたものではなかつた事実なども明らかである。

そこで、まず本件が労働組合の団体行動の一個とみられるかどうかであるが、右認定のような事実関係、とりわけ判示のように被告人らはそれぞれ誰の口からともなく右Hが香椎機関区内に出勤してきているということを知らされたため、動労組合員として判示傷害事件を動労を弾圧するために仕組まれた事件として受け取つていたうえ、いわば仲間が逮捕されたことによる感情的な昂ぶりもあつて、右Hを探し出して面詰しようという気持を抱き、同様に同人の居ることを知つて自然に集つて来た他の動労組合員らと三々伍々連れ立つて、判示訓練室内に至り、右Hを見出すや、口々に「デツチ上げたといえ」などと同人を難詰したり罵つたりした事実に鑑みれば、被告人らの本件所為は、いわゆる仲間意識から発した一個の激情的行動であつて、労働組合の本来的な組合活動の一つなどとは到底みられない。そして、仮にこれを組合活動の一環として評価するとしても、労働者の団結権および団体行動権が憲法や労働組合法によつて保障されるのは、経済的に不平等な関係にある使用者に対し労働者が自己の労働条件等について対等な立場で交渉し、あるいはその利益を擁護することを保障するものであるから、本件のように公益の問題である刑事事件に関しすでに捜査機関がその独自の権能に基づき捜査を開始した場合にその捜査を不当として、その被害申告をした一個人―使用者でもなければ統制処分の対象となる自組合員でもない一個人に対し、いわゆる抗議や説得を行つたりいわんや本件のように威圧を加えたりすることは、労働組合の団体行動として許容される範囲をはるかに逸脱し、いかなる意味でも労働組合法一条二項の適用を受けることはありえない。(なお、本件が判示Aらのための弁護活動の一つとしての事実調査活動にあたらないことも明らかである。)

次に、いわゆる可罰的違法性を欠く旨の主張について考えるのに本件は、右にみたように被告人らの仲間意識から発した一個の激情行為であり、前記二で述べたようにその行為の態様も脅迫に近い言動に出るほど証人威迫罪の予定する行為の態様としては悪質なものであり、その結果刑事司法作用に対する具体的な侵害の危険すら生じたとみられるなど、いわば典型的な証人威迫行為である。そして、右Hが当日訓練室に居たのは前記のとおり同人が平常どおり勤務についた結果であり、同人がたとえ同じ職場の同僚らを告訴などしたからといつて出勤すべきでないとする理由は全くなく、また、前記門司鉄道管理局職員らが居合わせたのも、前記のような事情によるのであるから、本件が被告人らを陥れるために国鉄当局の仕組んだ罠とみうる余地は全くなく、その他、本件をめぐる一切の状況を考慮しても、被告人らの所為を社会的に妥当としうるような事情の存在はなんら認められない。してみれば、被告人らの判示所為は、証人威迫罪がまさに可罰的とした違法な所為であり、これが社会的に放任できる程度の軽微な反法行為であるとか、手段、目的等において社会的に容認される限度を超えないなどということができないのはもとより、実質的にその違法の程度のかなり強度の犯行であることが明らかである。

以上の次第で、弁護人らの前記違法性を欠く旨の各主張もその理由がなくこれを採用することができない。

よつて、主文のとおり判決する。

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